俳人 五十嵐播翠
六年後、加古川市に戻り、兄の表具店「芳古堂」で働き始める。主に表具の仕立てを手がけたが、京都で培った修復技術を十分に生かせる機会は多くなかった。
転機となったのは四十歳頃。松本清張の自叙伝『半生の記』を読んだことだった。四十一歳で第一作を世に出し、文筆に懸ける思いを実現させた作家の生き方に強く心を打たれた。日々の仕事に追われるだけだった自分を見つめ直し、美術館や寺院からの修復依頼を積極的に引き受けるようになる。
一九九七年には「芳古堂書畫保存修復所」を開設。二階を古書画専門のギャラリーとしても展開した。
修復に用いる糊や絵の具は、書画が制作された当時の製法に徹底してこだわる。市販の糊は紙の繊維を傷めてしまうため、小麦粉を炊き、何年もかけて発酵させたものを用いる。最低限の接着力にとどめることで、紙は再び息を吹き返す。
古色もまた、タマネギやモモの木の皮などを煮込み、時間をかけて熟成させる。一色を作るだけで半年以上かかることも珍しくない。作業中、書画を水で湿らせると、何百年も前の色彩が浮かび上がるように蘇る。その鮮やかさは、この仕事に携わる者だけが目にできる光景であり、何度味わっても胸を打たれる瞬間である。
縦六・七メートル、横五・四メートル。太子町鵤の斑鳩寺に伝わる紙本着色の「仏涅槃図」。この大作を七年がかりで修復することになったのを機に、仕事場を新築した。
それが、現在の書畫保存修復所である。
書畫保存修復所 善美堂:〒675-0031 兵庫県加古川市加古川町北在家582-2
TEL:079-454-1222 FAX:079-454-1222
※(仕事中は出られないため留守電に入れてください。)

書畫保存修復所 善美堂 仕事場